コレクション: CRAFTED - つくり手の声 vol.4
上坂 妙さん(雅号 善妙)
古来、日本人に愛される菊は高貴な花。皇室の紋章でもあります。京焼・清水焼の絵付師、上坂妙さんが手がける代表作「白菊」は、気品あふれる菊の咲き姿そのもの。花びら一枚一枚が浮き立って見えて、繊細なレリーフのよう。焼成するとこんもりと盛り上がり、絵柄を引き立てる、上絵の具の特性を生かし、丹念に描き出した賜物です。
「白い上絵の具は盛り上がるので、細く描くのは難しい。厚過ぎると剥離や割れにつながり、薄いと際立たない。扱いが難しいです」と、上坂妙さん。使う筆は、白菊専用。職人さんに特別に仕立ててもらった穂先の尖った筆で、重ね塗りはせず、ひと筆で盛り上げる。慎重に、けれど迷いなく。京焼・清水焼の伝統技法と、上坂さんの感性が結びついて生まれた、唯一無二の美しさです。師匠である山岡善昇さんから授かった雅号は、善妙。2019年に独立し、気鋭の作り手として、注目を集めています。
大病を経験し、
見つけた新しい人生
類稀な美意識を持つ人、作品からそんなイメージをもちますが、上坂さんが伝統工芸の道に進んだのは、飲食店経営などを経てから。群馬県に生まれ育ち、それまで専門的に美術を学んだことはありませんでした。
「子どもの頃から絵を描くのは好きでしたが、田舎育ちだったからか、美術の道に進むという選択肢があることすら知りませんでした」

群馬・草津温泉で弟と蕎麦の店を営んでいた29歳の時、突然、脳腫瘍で倒れます。かろうじて命はとりとめたものの、一時は左目の視力を失い、5年以上にわたって入退院を繰り返す、ままならない日々がつづきました。
ようやく体調が落ち着き始めた頃、たまたま見たテレビ番組が、上坂さんの運命を変えます。京焼・清水焼を紹介する番組で紹介された、野々村仁清作「色絵芥子文茶壺」(出光美術館所蔵/重要文化財)に、ひと目で心奪われたのです。仁清は、京焼を代表する江戸時代の陶工で、色鮮やかな絵付けの技法を完成させ、「京焼の祖」ともいわれます。
「何気なくついていたテレビを見たのですが、見た瞬間に、“この仕事をする”と直感しました。祖父が輪島塗の職人だったので漆器を見かけることはありましたが、「色絵芥子文茶壺」ははじめて目にする美しさでした」

番組の中で、京焼・清水焼の陶工として金彩を描いていたのが、のちに師匠となる、絵付師・山岡善昇さんです。「本物を見てみたい。その一心で、すぐに京都へ旅立ちました。はじめは実際に使われるところを見ようと飲食店をめぐりましたがなかなか出会えず、窯元が集まる山科の清水焼団地も訪ねました。それでも、やっぱり番組に登場された山岡善昇さんの作品が見たくて、お電話し、工房に赴きました。見てみたい、それだけだったはずなのに、お会いしたとたん、「働かせてください!」と伝えていました」

突然の申し出は当然ながら受け入れられず。地元に戻ってからも何度となく連絡をつづけ、ようやく、「専門校で技術を身につけ、ものになれば使う」と返事をもらいました。京都の陶工高等技術専門校にて学び、2016年、善昇さん率いる善昇窯に弟子入り。思いに突き動かされるまま、電光石火。驚くべき行動力で、道を切り拓いていきました。
「専門校で共に学ぶ人たちは、窯元に生まれ育った方や美術大学出身が大半。私にはなんの下地もないので、ついていくのは大変でしたが、気合だけはありました。家族は私の体調を気遣い、反対しましたが、命にかかわる大病を経たからこそ、奮起できたのだと思います。やりたいことが見つかった、それだけでしあわせでした」

独自の技法から生まれた
唯一無二の、白菊
代表作となる「白菊」が生まれたのは、善昇窯での修行時代。善昇窯の作品制作にて、伊藤若冲をモチーフにする中、「動植綵絵 菊花流水図」に惹かれ、試しに描いてみたことがきっかけでした。
「専門校で学んだだけでは、まだまだ技術が足りません。弟子入りしてからも、絵柄の一部を描かせてもらうくらいでした。白菊はB品としてはねられた素地を使って、自分なりに自由に描いたものだったんです。それを見た師匠に、「なんて描き方しているんや。おもしろいな。ちょっとやってみ」と言ってもらったことが、作品づくりにつながりました」

そうして生まれた作品が、「白菊蒼穹」。数々の賞を受賞し、皇室にも献上され、上坂さんの独立につながりました。「蒼穹」とは、晴れわたった空のこと。青空に白菊が雲のようにふわりと浮かぶ、そんなイメージを抱き、青い色にもとことんこだわりました。
「和絵具を調合し、焼いては色を確かめ、たどり着いた色です。空の色が好きで、作品のインスピレーションをもらっています。日が落ちた後に西の空を一瞬染める紫色や、雲の隙間からこぼれる光……、自然が作り出す色は素晴らしい。京都は街でありながら自然が近く、どこにいても空が見えてうれしいです」

感性豊かに、
絵付けを極める
西陣織など伝統工芸の多くがそうですが、京焼・清水焼は古くから分業制。釉薬を施し、焼成した器に、彩色する上絵付けからが絵付師の仕事です。現在は、善昇窯に制作をお願いしていますが、作りたいものをイメージし、上坂さんがデザインから起こすこともあるそう。
「すべての工程をひとりでできれば一番いいのかもしれませんが、どちらも極めるのは難しい。善昇窯に弟子入りする際に、師匠からは絵付けに専念するのでなければ、うちには入れないと言われました。どうしてそう言われたのか、年月を重ねてよくわかります。絵付けに取り組みながら、精度の高い器を作ることは、私にはできそうにありません」
絵付の工程を少しの間、そばで見せてもらうだけで、その言葉が理解できます。丸みのある茶碗に、花びらを一枚一枚、描き入れる。中心は小さく、外に向かって大きく。描き上がれば乾かし、工房にある窯で焼成。さらに背景の色や、金彩、銀彩を施せば、そのたびに焼成。途方もない手間と時間がかかります。

洛中洛外図屏風をモチーフにした作品も、白菊とはまた印象が変わり、愛らしくユニーク。「描かれている人物が、いきいきとしていて、描いていて楽しい」と、上坂さん。やわらかな筆致、彩り豊かな配色……、白菊と同じく、上坂さんにしか成し得ないものです。
「何年やっていても、描いているうち、だんだんできあがってくると、そのたび嬉しいんです。考えていたものが、いい感じに焼き上がった時も、感動します。目指すのは、私自身が好きな琳派の美。きらびやかで大胆な琳派の装飾性を、白を使って表現することで、私なりの京焼・清水焼をつくっていけたら」

伝統工芸を担う一人として
素晴らしさを伝えていきたい
2026年2月、上坂さんは念願だった伝統工芸士に認定されました。12年以上の経験をもち、実技試験や面接などを経て、高い技術を持つ職人に認定される、国家資格です。
「師匠に弟子入りを志願した時、やるからには独立する、そして、伝統工芸士になると宣言していたんです。自分が本気であることを伝えたいためだったのですが、約束が果たせてほっとしました。報告した時、師匠も心なしか、涙ぐんでくれていた気がします。“泣いてへんわ”って言われましたけどね。いまの自分があるのは、力になってくださったみなさんのおかげ。作品づくりは恩返しの気持ちです」

伝統工芸士は、熟練した職人であるとともに、後継者の育成や産地を盛り立てる役割も担うことになります。これからは、次の時代へつないでいくための、広い視野も必要になります。
「伝統工芸を担う道は、狭き門。専門校では20名ほどと共に学びましたが、いまも続けているのは、おそらく私ひとりだけ。子育てで中断することもあるし、独立して一人でやっていくには厳しい状況もあります。興味をもった人がはじめられる、続けられる環境が整えばいいなと思います。京都の伝統文化は素晴らしい、守っていかなければならない大事なもの。外から来た私にとって京都は格別、日本人として誇らしい。京都駅に降り立てば伝統工芸が自然と目に入るとか、訪れる人に知ってもらう機会が増えるといいなと思います」
伝統工芸の世界にしっかりと根ざし、日々の中で美しいものにふれて、これから生み出されるものが楽しみでなりません。

【催事・展覧会の予定】
かさねるいろめ - 季節をまとう いろのたのしみ 新緑編 -
2026年5月9日(土)〜24日(日)
会場:京都伝統産業ミュージアム・MOCADギャラリー
その他の展覧会などのスケジュールはInstagramからお知らせ。
https://www.instagram.com/tae_kyoto_ceramic/
作品の納期などについてはMOCAD ONLINE SHOPにお問合せください。

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