コレクション: CRAFTED - つくり手の声 vol.1

表望堂・島本恵未さん

京都市右京区・太秦にある漆の工房、表望堂は、島本恵未さん、夫の杉本晃則さん、修復担当の中路陽子さんの3名で2014年に立ち上げた工房。茶道具、塗り椀のような、京都の伝統的な漆器や、社寺・文化財の修復なども手がけています。漆工芸という伝統を継承しながら、インテリアやアート作品など、漆の魅力を現代の暮らしの中に表現する試みにも、意欲的です。

代表取締役の島本恵未さんは、塗りのお椀や蒔絵の重箱のイメージが強い漆に、独創的な作品で新鮮な風を吹き込む職人です。

表望堂・島本恵未さん

漆器の、ハレの日の器、和の器というイメージを変える

島本恵未さんは、京都クラフトアンドデザインコンペティション「TRADITION for
TOMORROW」2024-2025(※)でグランプリを受賞しました。その作品は、ウニの殻に漆と蒔絵を施した小さな器。フランスでお菓子を入れる器、ボンボニエールに見立てて”ボンボウニエール”と名付けられています。使っているウニは大量発生して環境を荒らしているガンガゼ。環境や命の循環というメッセージも込められた作品です。

(※)京都クラフトアンドデザインコンペティション「TRADITION for TOMORROW」2024-2025:日本の伝統文化や伝統産業を未来へ繋げることを目的に「京都伝統産業ミュージアム(株式会社京都産業振興センター)」が2024年より開催する工芸作品コンペティション

京都クラフトアンドデザインコンペティション「TRADITION for TOMORROW」2024-2025 グランプリを受賞した「ボンボウニエール」

「日本の文化には、ものを用途の違うものに“見立て”る美意識があります。自然の形が道具として生まれ変わった姿を愛でてほしい」と島本さん。

自然の素材を使ったユニークな作品に、ワイングラスの柄を竹で修復した「竹継ぎグラス」があります。漆の強い接着力を活かして竹とガラスという異素材が出会い、物を大切に直す気持ちに、温もりを感じさせます。

折れたワイングラスの柄の修繕に竹を用いた「竹継ぎ」。見た目や感触だけでなく、物を大切に直す気持ちからも、温もりを感じる。

「蒔絵螺鈿グラス」は、黒い漆の上に描かれることが一般的な蒔絵や螺鈿(※)を、透明なガラスの上に描きました。ごく細い蒔絵筆を使って漆で文様を描き、そこに金粉を蒔(ま)いて、定着させています。螺鈿は、薄い貝に亀裂を入れながら曲面に沿って貼るという繊細な技術が用いられています。光の中できらきらと輝く金と玉虫色の美しさは、陰翳礼讃(※)の美を象徴する漆器の、まったく新しい表現です。

こうした意外性のある漆表現は、これまで数々の賞に輝いてきました。

(※)蒔絵・螺鈿:漆の器に、漆で模様を描き、金属粉を蒔(ま)いて加飾する技術。螺鈿は、漆で夜光貝やアワビなどの真珠層の小片を貼り付けてゆく加飾技法。

(※)陰翳礼讃(いんえいらいさん):日本の美が影によって形作られていると論じた、谷崎潤一郎の小説。陰影の中での漆器の美が讃ええられている。

島本さんの創作のインスピレーションは、自然の中で美を見つけ、それを深く観察するまなざしから生まれています。

「フィールドワークが好きで、きれいな景色の中に出かけて行っては、そこで何か拾って素材にしたりします。美しいものを見たら『生かしたいな』、『とどめておきたいな』と思うんです」

島本さんは、ありのままの形の持つ可能性を見抜き、光を当て、漆という素材を使って作品に変えているのです。

アヒルの卵の殻の内側に布を貼り、漆で固めて、外にはシンプルな蒔絵を。ポップなルックスながら、手の込んだユニークな作品「shuran」

日本画の授業で出会った漆。
「自分の絵が、誰かの道具になる」喜び

漆との出会いは、日本画の授業で蒔絵を体験したことでした。「絵を描くのは日本画と同じですが、蒔絵では、絵とものが一体になります。自分の絵が、誰かに使っていただける道具になる、ということに喜びを感じました」

大学卒業後、漆芸家の村田好謙氏のもとで、漆をさらに学びます。島本さんが漆に引き込まれた理由は、その歴史の奥深さでした。

「世界最古の漆は、日本の縄文時代の遺跡から出土しているんです。それがタイムカプセルのように、技術と一緒に残っている。こんな素材って、他にあるでしょうか?」

その歴史を最も強く実感するのが、修復の仕事です。

「古い漆工品を拝見すると、昔の人がしてくれてきたことが、私につながっている、自分が昔の人と共にいる、と感じて、身が引き締まります」

修復の仕事では、個人作品を作る時とは気持ちを切り替えて取り組むそうです。

「専門家のお話も聞き、複数の人たちと相談しながらの仕事になりますから、いろんな方の思いや祈りを受け止めないといけない。自分だけの作品を作ることとは、全く考え方が違いますね」

近年では、インテリアや建築分野からの、漆への注目度が高まっていて、表望堂にも、前例のない用途やスケールの制作依頼が増えています。

「ラグジュアリーホテル、飲食店の内装、マンションのエントランスのオブジェなどのご相談を受けてきました。毎回、毎回、『できへんやろ、こんなん?』と思いながらも(笑)、とりあえずチャレンジしてみます」

パリでのデザインショー「Maison&Objet」(※)(2018―2019)では、漆器ではなく、あえて大型の漆のボードを出品しました。平面の上に刷毛目や根来塗(※)、白檀塗り(※)や錆漆(※)など、さまざまな漆の技法を施して、シンプルに漆のテクスチャーと技術そのものを見せる作品でした。

「海外だけでなく日本でも、漆器を知らない人がほとんどです。この作品は、漆とは何か、を知っていただく入り口として見てほしいと思いました」

(※)Maison&Objet:フランス・パリで開催される世界最大級のインテリア・デザイン・ライフスタイルの国際見本市

(※)根来塗(ねごろぬり):黒漆の上に朱漆を塗り重ね、摩耗により黒が現れ、朱と黒の風合いが生まれる技法

(※)白檀塗(びゃくだんぬり):透漆の下に金箔や文様を施し、ほのかに透ける上品な輝きを楽しむ技法

(※)錆漆(さびうるし):漆に砥粉を混ぜた下地材。補修や立体文様に用いられ、仕上げを美しくする。下地として使用されることが多いが、金属が錆びたようにも表現できる

Maison&Objet(2018-2019)出展作品
画像提供:表望堂

京都の工芸イノベーションの遺伝子を引き継ぐ

時代と向き合い、今と未来の漆の姿を模索する。島本さんの姿勢は、彼女が京都の革新的な漆芸家たちから薫陶を受けていることにも関係がありそうです。

70年代の京都では、アクリルやカシューなどの新素材を取り入れた漆表現を試みる職人たちがいました。そんな志をもったグループ「フォルメ」(1970−78)の同人だった漆芸家・服部峻昇(しゅんしょう)氏の弟子である村田好謙氏に、島本さんは漆を学びました。

「先生は『伝統工芸だから、こうあらねばならない、とは考えない』、その一方で『歴史と、自分の技術と、日本の価値観とが同時に高みに達する時、良い作品ができる』ともおっしゃっていました。やはり、伝統と創作、ふたつの研鑽を積まないといけないと思います」

Maison&Objet(2018-2019)出展作品
画像提供:表望堂

技を継承しながら、自分の表現を前に進める

創立から10年を迎えた表望堂。島本さんは「私たちは、漆の新しさを発見する世代」と語り、これからの目標を見据えます。特別な日の食器とされることが多くなってしまった漆に新たな魅力をつくり、伝える。そして、それに加えて、京都の漆の産業を未来につなぐという重い責任も感じています。

過去、京都の工芸は分業によって最高傑作を生んできました。漆器づくりには、木地から素地づくり、塗り、そして加飾まで、多くの工程があります。それを、専門の職人が連携するシステムがあったのです。

「過去にあったものが将来ずっとあるとは限らない。工房を作る時、夫は『京都の漆芸の下支えになりたい』と言いました。これまで分業を担っていた職人が先細りになり、それだけでなく、素材、道具も入手が難しくなってくるかもしれません。この先、何があっても対応できる、漆工芸を支えて行けるような工房でありたい」

漆工作家としての制作、工房の仕事、そして漆の産業の将来のための環境づくり。島本さんは現代の職人として、多くの仕事を担っていますが、これまでなかった漆の新たなニーズにも応え、また挑戦し、伝統をダイナミックなものとして楽しみながら、キャリアを積んでいます。

「過去から受け継ぐものを受け継ぎ、自分の表現、自分の人生を一歩先に進める。そのことを実感しながら、毎日制作しています」

CRAFTED - つくり手の声 vol.1

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