インタビュー

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―砂張はむしろ素材よりも作り方に影響します。僕の砂張だからこそ鳴り上がりするといえますね。 二方屋(ふたかたや)は、天保14年に創業されたと伺っています。その歴史と、りんよ工房との関係について教えていただけますか。 もともとは京都に二方屋というおりんを作っていた工房があったそうです。そこに僕の祖先にあたる與五郎(よごろう)が奉公にあがっています。それ以外は本家の二方屋さんに関する資料が残っていないため、與五郎が本家を受け継いだのか、のれん分けしてもらったのか詳しいことはわからないのです。 與五郎が天保14年に創業した場所は京都の深草、お稲荷さんの近所だったと聞いています。2代目の與吉の時代は、兄弟や親戚など、それぞれがりんを作って結構手広くやっていました。初代も2代目も、”よ”という名前が付いているので、愛称というか、そこから「りんよ工房」という名前がついています。 その後、「二方屋...

必然性をたどっていったら、答えが見えてくるみたいなところはありますね。 七代目から専門店として、 うちわを扱うようになられたとお聞きしました。 元々は滋賀県の饗庭(あいば)村の出だと聞いています。 雪深い地域で、竹がよく生えている所だったようです。竹がよく取れる地域から出てきて、竹製品を作って、竹に関わる商売をする。ロングスパンで考えてみれば自然な流れで、必然性をたどっていったら、答えが見えてくるみたいなところはありますね。...

ものづくりって楽しいんやなあ 「鏡師」とは、どのようなお仕事でしょうか。 神社やお寺に納める青銅鏡(金属の鏡)を作っています。鋳造(ちゅうぞう)から鏡の裏の模様の制作、仕上げなど、すべての工程を私たちの工房で手作りしています。 この道に進まれたきっかけをお教えください。 大学生の頃に、アルバイトで家の仕事を手伝ったことがきっかけです。鋳造の工程に携わったのですが、自分が作った物が仕上がってくるのを見るのが楽しみでした。ものづくりって楽しいんやなあと感じて、この仕事をやりたいと思ったのがきっかけです。...

ご縁を大切に 染織との出会いや、この道に進まれたきっかけをお教えください。 幼いころから絵を描くことが好きでしたし、染織に携わっておられる方が近所に大勢いらっしゃって、この道が選択肢の一つとして自然とそこにありました。ただ、自分の意志を決定付けたのは「色の魔力」によるものがいちばん大きいかなと思います。 染織の道に進むことを決めて工房へ入り、10年間勉強させてもらいました。今はほとんどありませんが、当時は新人を受け入れて修業させてもらえる工房がたくさんあったんです。一人前だと認めていただき落款(らっかん)を作ることを許されましたので、落款名を「光章(こうしょう)」としました。 「光章」はどのように命名されたのでしょう。...

手仕事のぬくもりを 京こまの歴史について教えてください。 その昔、公家の女性が着物の布を竹の芯に巻いて作ったお座敷独楽(おざしきこま)が始まりといわれています。昭和初期頃から観光土産として現在の木綿の平紐(ひらひも)で作られるようになりました。意外に思われるかもしれませんが、紐は京こま専用に作られたものではなく、おまんじゅうの箱を結ぶ為の紐など、その時代、その時代に流通していた紐を使用しています。 紐も歴史と共に変化してきているのですね。 紐のサイクルはとても速く、真田紐(さなだひも)、木綿紐、ナイロン紐と変化してきています。ただ、ナイロン製は巻き方や接着の点から考えても京こまを作ることには向いていませんので、現在は、木綿の平紐を使用しています。染屋さんに手作業で染色してもらいますので繊細な色にも対応できるんですよ。...

和魂洋才 明治の初め、文明開化の時代に、英国から輸入された錻力(ブリキ)を使った缶作りを始めた創業当時から、ほぼ変わらない製法だと伺っていますが、製法も一緒に入ってきたのでしょうか。 製法は初代が考えたものです。よぉこれを考えたなぁと思いますね。触ってもらったら分かるかと思うんですが、このお茶筒はまっすぐに見えて、よく見ると内側にカーブしていたり、微妙に膨らみがついていたりするんです。そうすることで蓋と胴の隙間がなくなり、気密性が高くなります。見えない部分にまで手間をかけていて、その工程は130以上に及びます。 それを機械化せずに、手づくりで続けられているわけですね。 祖父の時代は「機械で出来たものが良い、手づくりは古いものだ」という風潮があったり、タッパーウェアがアメリカからいっぱい入ってきた時代で、すごく大変やったみたいです。...

一度きりの人生だから 京和傘との出会い、この道に進まれたきっかけは何でしょうか。 妻の実家が和傘屋だったのがきっかけです。結婚する前、京都に遊びに行ったときに番傘に出会ったのが最初ですね。 もともとは、公務員だったとお聞きしていますが、職人の道へ入るのに、迷いや不安はありませんでしたか。 振り返ってみると不安もありましたが、その当時は伝統的なものにかかわれるのがうれしかったですね。早い時期にホームページを立ち上げたのですが反響がよかったので、ニッチな分野ではあるけれども日本に限らず広く世界中の人に見てもらえればやっていけるのでは、と決断しました。人生は一度きりなので好きなことをやったらいいのではないかと。...

ハングリー精神は人一倍 この道に進まれたきっかけや理由がございましたら、お聞かせください。 中学を卒業してから、何か手に職をつけようと思ってた時に、陶芸を美術の先生に勧められてね、それがはじまり。 一人前の職人になるのに必要な期間はどれくらいだとお考えでしょうか。 10年かな。修行を始めて10年っていうのは、一番脂がのってくる時で親方は手放さないんだけど、私は初めから10年で独立するっていう約束で修行に入りました。その分、寝る間を惜しんで頑張ったよ。...